浪人時、一橋大学社会学部を第一志望にした理由と経緯

受験生や浪人生の参考になるかなと思い、書いていく。

中学生の頃から「学校の先生になる」という選択に迷いなく進んだ結果、千葉大の入試に落ちた。そこで「ゼロベースで」自分の職業など、将来について考えた結果、わざわざ教員養成課程に行く必要もないなと思い、いったん辞めた。

その後、一橋大学社会学部を第一志望にするまでの経緯を記載していく。

東大・京大・一橋大クラスに入る

まず、浪人は駿台にすることにした。その際、駿台の国立文系には「東大・京大・一橋大コース」と「ハイレベル国公立文系」という2種類のコースがあった。
校舎によっては「スーパー国公立大文系」というコースがあったが、私が通う校舎にはなかった。これはひとつの分かれ目だった気がする。

私は、浪人するからには千葉大よりも偏差値の高い大学に行きたかった。その中で、ハイレベル国公立コースだと、「上限が千葉大」という雰囲気を感じた。そのため、「大は小を兼ねる」じゃないけど、一橋大コースに入っておけば、千葉大は軽く受かるくらいになるだろう。

と、甘く見て「東大・京大・一橋大コース」に入った。

この時、私も私の親も含めて誰も一橋大に受かるなんて思っていなかったと思う。

入学時の志望校

駿台入学時に志望校を書くのだが、とりあえず第一志望は一橋大にしないと体裁が良くないので、一橋大を書いた。

商学部も経済学部も法学部もピンと来なかったので、社会学部を選択した。社会学部を選択した理由はもう一つあって、私が敬愛するアーティスト”いきものがかり”のリーダー・水野良樹さんが一橋大学の社会学部を卒業していたからだ。

彼は明治大学に1回は入学するも、仮面浪人して一橋大学に合格した。

彼の受験記が以下のブログにあり、これを読んだ私はとても熱い思いに駆られた。

https://blog.excite.co.jp/ikimono-yoshiki/8028911/

社会学部という学部も魅力的で、あらゆる学問領域を広く学べる点に惹かれた。特に興味のあるメディア領域も含まれており、なんとなく良いなあと感じていた。

メディアに興味があったのは、深夜ラジオが好きなことに起因する。

第2志望は北海道大か東北大学を書いた。正直そこにはあまり興味はなくて、第3志望に横浜国立大学の教育人間科学部・人間文化課程がメインだった。
首都圏にある手軽な国公立と、実態とは離れるが「横浜ブランド」、それからタレントの眞鍋かをりが好きだったので、その出身大学ということで憧れも抱いていた。
もちろん、内容も魅力的に感じていた。文化・メディアに関心があったのでそれを扱う学部ということで、行きたいなぁと感じていた。

ちなみに横国にこの学部学科は、今はない。

一橋大学志望になるまでに

きっかけは最初の駿台記述模試。そこで「たまたま」一橋大学A判定を取ってしまったために、夢未満の第一志望が現実味を帯びてしまった。

私は日本史が得意だったのと、運がよかったのもあり、日本史で90点以上を取って成績上位者にランクインしてしまった。最初の模試が浪人に有利なのも後押ししたのだろう。

まぐれだ、まぐれ。

それでも1回A判定を取ってしまうと、それ以降「これもしかしたらワンチャンスあるんじゃねえか」と思って、頑張れるようになる。予備校側の見る目も全然変わった。

面白いもんで、高校(担任を除く)とうちの親は最後まで合格するとは思ってなかった。まあ、私自身も思っていなかったけど。

なので、身も蓋もないけど「模試でA判定を取れたから」が理由。

東大と京大は

東大と京大は最初から考えていなかった。東大は社会2科目が絶望的に無理だったし、京大は関西に行くなら一橋でいいよという感じだった。そもそも、どうせどっちも無理だったんだし。