合格発表の思い出(千葉大学, 一橋大学)

おかげさまで大学受験は2回も体験させていただいた。それぞれ第一志望の合格発表は現地で見る機会をいただき、かつ合格も不合格も両方とも体験させていただいている。

冷静に考えたら、これは稀有な体験かもしれない。

昨日、一昨日と受験についてつらつら書かせていただいた。

ついでに合格発表まで書いていきたい。

現役時・私立大学の合格発表

記憶にない。(笑)

MARCH1つに受かった以外は、他MARCHも早稲田も落ちたのは事実として残っているが、記憶に残っていないというのが正直なところだ。

んー、合格したところもどこでどう合格発表を見たのかも覚えていない。ただ、入学案内の封筒は覚えているのと、合格しても行かないことになったのを覚えている。

都心にキャンパスがあると思っていたらその学部は多摩だったので、通学が無理だよねとなった。それくらい関心が薄かったのかもしれない。
(都心で多摩というと、限られるね。)

というか、千葉大に落ちるわけねえと思っていた。慢心極まりない。

現役時・千葉大学の合格発表

これは記憶にある。

試験後に映画・逆転裁判を観に行ったり次の日から教習所に通いだしたりと、余裕の日々を送っていた。繰り返しになるが「落ちるわけねえ」と思っていたので。

それで、意気揚々と合格発表を観に行ったわけだけど、自分の番号はなかった。

けど、不思議と絶望感とか、悲しみとかもなく、「ああ、そうか。」というくらいの感情しかなかった。

もしかしたら、教育学部教員養成課程に入って、野球部に入って、そのまま教員になる自分の人生に疑問を持っていたのかもしれない。実際、浪人時は教育学部を一つも受けなかったわけで。

中学時代の仲良かった同級生も(なぜか)ことごとく浪人の道を歩んだし、高校の卒業式のタイミングでは合格発表もまだだった。

なので、特別悲しい思いをすることもなく、しいて言えば教習所で自分の身を言うのが難しいという点はめんどくさかった。専門学校に進学予定で通したけど。

というくらい。予備校探すエピソードとかはまた別で。

浪人・私立大学の合格発表

幸いにもセンター利用で明治大学の政治経済学部と中央大学の法学部の合格を掴んでいた。一方で早稲田の法学部は落ちたので、センター試験の得点としては、これくらいである。

最初の私立大学受験は早稲田大学の文化構想学部。試験も合格発表も、ここがいちばん緊張した。

現役時にも文化構想学部に落ちていたこともあり、ここを落とすと「一年間何やってたんだ」という気分になるからだ。それくらい必死に勉強した自覚はあるし、レベルアップした自覚もあった。当然試験には時の運というものもあるのだが…。

早稲田の文化構想の合格発表は自宅のPCから確認した。センター利用も一般試験もどっちも合格していて、あれを見た瞬間は泣き崩れましたね。

あれがいちばんヤマだったと思う。嬉しかった。報われた気がした。
試験自体は自信がなかったし、合格発表までの数日間は毎日悪夢にうなされたし、口内炎もすごい数ができていた。人生であれ以上のストレスはないんじゃないかというくらい。

それから解放されたので後は楽だった。慶應の文学部は予備校で電話で聞いて合格していたし、早稲田の政経は半ば記念受験だったので、落ちても特にダメージはなかった。

浪人・一橋大学の合格発表

受かるかもしれないけど、受かるわけがない。記念だし、もう一橋大学国立キャンパスに行くことも人生でないと思うので、合格発表には行こうと思った。

合格している受験番号の立て看板は幕がかかっていたかな?遠くからスタッフが看板を持ってきていた。

番号があったときは、それはそれは嬉しかった。信じられない気持ちだったので何回も確認した。
間違いないと確信した後は、自宅や予備校、友人に電話して合格を知らせた。

せっかくなのでアメフト部の方に胴上げしていただいた。胴上げは千葉大学に落ちたときに横で起こっていた「関係ない景色」だったものだ。

その後は父が来て、不動産を見に行ったりした。

今でもこの時期はなんとなくセンチメンタルになってしまう。あれから8年。そろそろ人生のトラックレコードを塗り替えないといけないのかもしれない。